

過去の説教
2026年8月23日
「受け入れる人、拒む人」
横須賀上町教会主日礼拝(聖霊降臨節第14主日) 2026.8.23 杉野信一郎
「受け入れる人、拒む人」
聖 書 使徒言行録13章44~52節
中心聖句 使徒13:46 そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だが あなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。
讃 美 歌 こ83、Ⅱ-157、390
1 ピシディア州のアンティオキアでのパウロの説教(導入)
今日の箇所は、「次の安息日になると」という言葉で始まっています。当然、この前の箇所には前週の安息日の出来事が語られているのですが、皆さん、覚えていらっしゃるでしょうか。実は、6月28日の主日礼拝で使徒言行録13章13節~25節の箇所を読んでいるのですね。ですので、今日の箇所の状況を掴んで頂くために、簡単に振り返ってみたいと思います。
使徒パウロは、シリア州のアンティオキアの教会を拠点として3回にわたる伝道旅行を行い、イエス・キリストの福音を異邦人の住む世界に伝えていく大きな働きを成して行くのですが 、その第1回目の伝道旅行でパウロはバルナバとともに最初の訪問地キプロス島を訪れた後、船でパンフィリア地方のペルゲに渡り、そこから山を越えてピシディア州のアンティオキアを訪れます。そして、安息日に会堂に入り、機を捉えて長々とした説教を語りました。説教を終えて会堂を出る時、「人々が次の安息日にも同じことを話してくれるようにと頼んだ」とあり、さらに「集会が終わってからも、多くのユダヤ人と神をあがめる改宗者とがついて来た」とありますから、その時語ったパウロの説教がどれほど彼らの心を捉えたかを窺い知ることが出来ます。その説教が13章16節から41節にかけて記されています。その内容は、ユダヤ民族が辿ってきた長い歴史を説き起こすものでした。
パウロは、出エジプトの出来事から語り始め、イスラエルの民が40年の荒れ野の旅を経て約束の地カナンに入り七つの民族を滅ぼして土地を得たこと、預言者サムエルの時代に王を求める民の声に応えてサウルを王位につけたこと、その後、王となったダビデの子孫から救い主が生まれることが預言されていて、救いが初めから神の計画の内にあったことを解き明かしていきました。そして26節からは、イエスの死と復活という福音の中心的な内容が語られて行きます。エルサレムの指導者たちは、イエスを認めず、罪に定め、十字架刑に至らせたが、実はイエスの死と復活を通して、神がイスラエルの先祖に与えられた約束が成就したのだと説きました。そして、イエスによる罪の赦しが告げ知らされ、信じる者は皆、イエスによって義とされることを告げています。
パウロのこの説教を聞いたユダヤ人と、「神を畏れる人たち」と言われるユダヤ教に改宗した異邦人は、心を動かされ、次の安息日にもまた来て同じことを話してくれるように頼んだのです。
2 神の言葉を受け入れる人(展開1)
このしたことが前の週にあって、今日の安息日を迎えます。その日、「ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た」と書かれています。
当時、アンティオキアの町は、ローマの植民都市として、南ガラテヤ州の軍事、政治の中心であり、今日残されている劇場や競技場の遺跡を見ても、かなり大きな町であったことが窺い知れますので、「ほとんど町中の人が集まって来た」というのは、いささか誇張が過ぎるとは思いますが、しかし、普段そのユダヤ人の会堂に集まっていた異邦人のユダヤ教改宗者の人数からすれば、それを遥かに上回る大勢の人たちが集まって来たのでしょう。おそらくその大半は、異邦人であったことでしょう。と言いますのは、そもそもこの町にユダヤ人が多く集まっていたとはいっても割合としては少数者であり、そのほとんどは、普段からこの会堂に集っている人々であるということ、また、パウロの説教の内容からして、それほどの好意的な反応をするのは、異邦人に違いないと考えられるからです。確かに、パウロの説教は、ユダヤ人の神の民としての歴史的な歩みを辿って語ったところはユダヤ人たちの好感は得るとしても、「そうそう、そうだよね」という程度のものであること、一方、異邦人にとっては、元々、自分たちはイスラエルの神の選びや救いの対象外であると思っていたし、ユダヤ人たちからもそのように見られていたのに、パウロの説教では、イエスを信じる者は皆、義とされる。ユダヤ人という民族の壁を超えて、すべての人が、ただイエス・キリストを救い主と信ずるだけで救われるという、今まで聞いたことのない新しいメッセージが語られたからです。それは、まさしく今まで神から遠く離れていた者に対する招きのメッセージとして聞かれたからこそ、それほど多くの異邦人の関心を集めたのでしょう。ある意味、今まで見捨てられていた存在であったからこそ、イエスを我が救い主と受け止めることが出来たとも言えるでしょう。
3 神の言葉を拒む人(展開2)
一方、パウロのこのメッセージを快く受け入れられない人たちがおりました。それは、ユダヤ人たちです。本来ならば、自分たちが信じている神が崇められているのですから、その神の言葉を聞こうとして大勢の異邦人が集まって来ることは大いに喜び感謝すべきことであるはずですが、神の救いが、神から選ばれた自分たちユダヤ人だけでなく、異邦人にも同じように与えられるという話は、彼らの選民としての誇りを傷つけるものとなりました。彼らは、神に選ばれた民として、神がモーセを通してイスラエルの民に与えてくださった律法を大切に守っていました。ところがパウロは「あなたがたがモーセの律法では義とされ得なかった」と言うではありませんか。これは、自分たちの信仰生活に対する侮辱とさえ聞こえたのではないでしょうか。さらに、パウロは預言者の書を引用して、そこで言われていることが起こらないように、警戒しなさいと言いました。41節『見よ、侮る者よ、驚け。滅び去れ。わたしは、お前たちの時代に一つのことを行う。人が詳しく説明しても、お前たちにはとうてい信じられないことを。』これは、ハバクク書1章5節の引用で、本来は、イスラエルの民の罪に対して神が降す罰としてカルデヤ人来襲を預言したものですが、パウロの説教の中では、救いはユダヤ人から離れて異邦人に向けられるという警告となっています。説教を終えた後、パウロたちの後をついてきた多くのユダヤ人たちと異邦人改宗者たちに向かって「神の恵みの下に生き続けるように勧めた」とありますが、これは、彼らにピシディアのアンティオキアにキリストの教会を設立するようにとの勧めであると考えられています。パウロが望み、訴えていることは、福音がユダヤ人から異邦人へと移ることではなく、広がることであり、ユダヤ人、異邦人という民族的な垣根を超えた信仰共同体が立ち上がることです。
ところが一週間後、パウロが語る主の御言葉を聴こうと、異邦人たちが続々と集まって来るのを見て、ユダヤ人たちは、ひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対しました。それは、単にパウロの語った警告の言葉に対する反発ということではなく、神の民という特権的なプライドが傷つけられるということだけでもなく、パウロが教えていることが、それまでのユダヤ人の会堂礼拝における信仰の枠組みを打ち破る新しい信仰共同体を生み出し、それが神を恐れる改宗者たちを巻き込みつつ、自分たちユダヤ人の会堂礼拝の対抗勢力となってくることを警戒したからでした。
パウロは、異邦人の地で福音を語る時には、まずその地のユダヤ人会堂を訪れて語ることから始めておりましたから、これまでは異邦人伝道について明言を避けてきましたが、ここでユダヤ人たちが明らかな反発を示すに及んで、「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている」と述べて、ユダヤ人たちが公然と福音に背を向けるならば、パウロとバルナバは、自分たちは異邦人たちの方に向かっていくことを、イザヤ書49章6節の御言葉を引用しながら、はっきりと宣言するのです。
異邦人たちは、これを聞いて大いに喜び、救いの言葉を受け入れましたが、ユダヤ人たちはこれをはっきりと拒みました。そればかりか、ユダヤ教の教えを信じて会堂を支える貴婦人たちや町の有力者たちを扇動して、パウロたちを会堂から、そしてアンティオキアの町から追放して、彼らの福音伝道を妨害しようとしたのです。
4 反対者を切り捨てない信仰(結論)
さて、自らの信仰の形にこだわり、パウロたちが伝えたこれまでの自分たちの信仰とは異質なメッセージを受け入れようとしないユダヤ人たちの姿は、私たちに何を物語っているでしょうか。私たちの教会生活においても、閉じられた関係の中に異質な存在が入ることを快く思わず、これを排除しようとする傾向があります。礼拝をはじめ信仰生活の形も教会によって様々なバリエーションがありますが、とかく自分たちが慣れ親しんできた形を絶対的なものと考えて、それと異なる形の信仰を受け止められないことがあります。例えば、世の中には外国にルーツを持つ人が増え、LGBTqの人たちも珍しくなくなっていますが、私たちの教会にはそのような人はいませんからと言って、彼らの生きづらさに関心を 持たず、無意識に自分たちの教会から排除してしまっているといったこともあります。今日の聖書で描かれているユダヤ人たちの頑なさは、私たちの信仰の頑なさではないかと問い直してみる必要があるのではないでしょうか。
それからもう一点、そのような頑なな信仰を持った人たちに対する態度についても考える必要があるように思います。パウロとバルナバは、ユダヤ人たちから福音宣教の働きを妨害されて町を去る時、「彼らに対して足の塵を払い落とし」、イコニオンに行ったと記されています。これは「あなたがたを迎え入れず、あなたがたに耳を傾けようとしないところがあったら、そこを出て行くとき、彼らへの証しとして足の裏の埃を払い落としなさい」との主イエスの言葉に従った行動と思われますが、見逃してならないのは、彼らがその後、リストラの町を訪ね、そこを去る時、「二人はこの町で福音を告げ知らせ、多くの人を弟子にしてから、リストラ、イコニオン、アンティオキアへと引き返し」たことが記されていることです。つまり、パウロたちはアンティオキアでユダヤ人たちと決別しましたが、ユダヤ人たちのことを決して忘れ去ったわけではないということです。実際、パウロは、ローマによる福音書で「わたし自身、兄弟たち、肉による同胞のためならば、キリストから離れ、神の御捨てられた者になっても良いとさえ思っている」と語るほど、ユダヤ人たちのことを大切に思い、彼らの救いのために最善を尽くしたのです。そして、アンティオキアを立った後も、それぞれの町のユダヤ人会堂を拠点に伝道活動を続けていきます。このことは、主の御言葉に堅く立ちつつも、反対者も自分からは切り捨てないで関わりを持ち続けていくという姿勢をよく表していると思うのです。私たちの教会生活においても、このようなしなやかな信仰を持って歩んでいけたらと思います。
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