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過去の説教

2026年6月7日

「本物の権威に仕える教会」

横須賀上町教会主日礼拝(聖霊降臨節第3主日) 2026.6.7 杉野信一郎

「本物の権威に仕える教会」

  • 聖  書 使徒言行録4章13~31節

  • 中心聖句 使徒4:19 しかし、ペトロとヨハネは答えた。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてくださ  い。

  • 讃 美 歌  こ6、405、411


1 ペトロとヨハネの大胆な態度(導入)

ペンテコステの日の聖霊降臨の出来事から始まる聖霊降臨節の時を私たちは今、歩んでいます。五旬節の聖霊降臨の出来事をきっかけとして使徒たちは、キリストの宣教のために全世界に散らされていきました。それゆえ、教会の暦においてはペンテコステは教会の誕生日とも言われ、ペンテコステから始まる聖霊降臨節の半年間は「教会の時」と呼ばれています。そこで、今日は、特に、聖霊降臨の出来事が起こったエルサレムで教会がどのように起されていったのかを振り返り、エルサレムの初代教会に連なる人々の姿から、私たちの信仰の原点を顧みていきたいと思います。

さて、五旬節の聖霊降臨の出来事が起こりますと、ペトロは、他の十一人の弟子たちと共に立って、声を張り上げて、人々に向かって説教を始めます。それは、使徒言行録2章14節から始まり36節まで続く長大な説教です。人々はその説教を聞いて大いに心を打たれたと言います。さらにペトロは力強く証しをし、それを聞いた三千人もの人々がその日のうちに洗礼を受けたと言います。十字架に架けられる前夜、エルサレムの権威者たちを恐れて主イエスのことを3度知らないと言っていたあのペテロがです。そもそもペトロと言えば、イエス様と一緒にいた時は、威勢は良くても失敗ばかりの愛されキャラであったのに、聖霊が降った後のペトロは、そんなイメージとは全く違って、ギリシアのソクラテスか何かにでもなったかのように急に雄弁に語り出したのです。そればかりではありません。ペトロはヨハネと共に生まれながら足の不自由な男を癒すという奇跡までやってのけたのです。こうした状況を快く思っていなかったのが、議員、長老、律法学者といったエルサレムの権威者たちでした。苛立った彼らは、民衆の前で大胆に説教していたペトロとヨハネをサンヘドリン、最高法院と呼ばれるエルサレムの議会に呼びつけ、多くの議員たちの前で二人に尋問を行いました。「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と言って、ペトロが足の不自由な人を癒し、民衆にイエスの復活を宣べ伝えたことを問い質します。けれども、ペトロたちの雄弁さは、議員、長老、律法学者といったユダヤ人社会の権威者たちを前にしても留まるところを知りません。彼らは、大胆にもそれは「あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。…ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は天下にこの名しか、人間には与えられていないのです。」と述べたのです。

 

2 サンヘドリンの権威者たちの態度(展開1)

サンヘドリンの議員たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見て、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かったと記されています。彼らには、ペトロとヨハネが自分たちに真正面から反論してくるなどとは全く考えてもいませんでした。彼らは、ユダヤ人社会の中では、学もあり、地位や権力もあって、一般の民衆は、その権威に逆らうことなど滅多にありませんでしたし、彼らがガリラヤの漁師出身であることを知って、自分たちに反論できるような学もないだろうと高を括っていました。その上、彼らが、イエスが逮捕された時に怖がって散り散りに逃げ出した腰抜けの弟子たちであると知って、その時と態度があまりに違うことに困惑したのです。議員たちは、ペトロたちが訊問にまともに抗弁してくるとは考えてもいませんでしたから、ペトロたちの弁論に対する反論を持ち合わせていませんでした。しかも、その場にはペトロがイエスの名によって癒した足の不自由だった男がいます。「ナザレ人イエス・キリストの名前には力がない」という反論は、この男を前にしては成り立ちません。困った議員たちは、ペトロたちを一旦議場から退席させて、自分たちだけで善後策を協議しました。彼らの権威も形無しです。ペトロたちがイエスの名によって目覚ましい働きをしていることは否定しようもなく、もしそのことで彼らを罰すれば、彼らを支持している民衆の反感を買うことになって、民衆を統治する上では得策とは思えません。しかし、このまま黙認すれば、どんどんキリスト信者は増えてしまいます。特に、死人の復活を認めていないサドカイ派の人々にとって、それは許しがたいことです。そこで議員たちは、緘口令を敷くことにしました。ペトロたちを再び議場に連れ戻して、彼らに「イエスの名によって話したり、教えたりしないように」と命令したのです。彼らがイエスの名を語ることができなければ、彼らが癒しをすることも出来なくなるでしょうし、イエスが復活されたという教えを人々に宣べ伝えることも出来なくなります。しかし、この命令は、厳密には律法による判決ではなく、ただの脅しです。サンヘドリンの議員たちには、本来、律法の規定に照らしてペトロたちが行ったことを裁く権威を持っていましたから、もし、ペトロたちが行ったことが律法違反、例えば、「ペトロたちは、律法が禁止している『しるしや奇跡を示して、他の神々に従い、仕えようと誘う預言者や夢占いをする者』に当たるから、処刑されなければならない」という判決を下すことも出来たはずですが、それは民衆の反発を買うことが予想されたので、判決を下さずに、二人を脅しただけで釈放することにしたのです。これはもはや「法治」とは言えず、最高法院の権威も地に落ちたとしか言いようがありません。

しかし、ペトロとヨハネはそのようなサンヘドリンの議員たちの態度を真っ向から批判します。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。」これは、あなたたち最高法院は神から律法の解釈権限を委ねられているのだから、神の面前できちんと判決を出すべきではないか」という批判です。

さらにペトロたちは、このように語っています。「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです。」これは、復活された主イエスがガリラヤで弟子たちの前に現れた時に語られた命令、「あなたがたは行って、すべての民を私の弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」という命令に従うように命じられているので、主イエス・キリストの証人として語らなければならないのですと言っているのです。この命令は、いわゆる大宣教命令と呼ばれるもので、これこそが教会に与えられた使命なのです。

 

3 信者たちの祈り(展開2)

議員たちは、ペトロたちのこの言葉に反論することなく、さらに脅しはかけられたものの、実質的には無罪放免となりました。三人の釈放を待っていた信者たちは、心を一つにし、聖書を引用して神に祈りました。

『なぜ、異邦人は騒ぎ立ち、諸国の民はむなしいことを企てるのか。地上の王たちはこぞって立ち上がり、指導者たちは団結して、主とそのメシアに逆らう。』

これは、詩編2編の一節です。この詩編2編は、元々、南ユダ王国の王の即位式の式文として作られた「王の詩編」と呼ばれるものですが、バビロン捕囚期以降は、ユダヤ民族を異邦の国々の支配から救い出してくれるメシア待望の詩として再解釈されて詠い継がれてきました。そして、イエス・キリストが地上に遣わされた紀元1世紀頃のユダヤの人々がこの詩に託していたことは、神がローマ帝国の支配からイスラエルを解放してくれることであったわけですが、イエス・キリストを真のメシア、救い主と信ずる信者たちは、そうしたこれまでの理解とは違った啓示をこの詩から受け取りました。この詩が嘆いている状況は、まさしく、今、自分たち、イエス・キリストを信じる信者たちが置かれている現状に他ならないではないか。つまり、神が油を注がれたメシアに敵対するのは、もはや異邦人の国であるローマだけではない。ヘロデに代表される自分たちユダヤ民族の指導者たちも、異邦人と結託して、メシア、即ちキリストに、そして神に逆らう敵対者であるのだ、ということを、はっきりと知り、そのことを告白したのです。

信者たちは、それまでは、洗礼を受けてイエス・キリストを救い主メシアとして受け入れた後も、神殿を詣でていたことからわかるように、自分たちの信仰がこれまで信じてきたユダヤ教とは別の宗教であるということは、おそらく全く意識していなかったでしょう。

しかし、信者たちは、この祈りを通して新しい一歩を踏み出していきました。それは、ユダヤ教の信仰の枠組みから一歩踏み出した、キリスト教信仰の始まりであり、教会の時の始まりでありました。

 

4 本物の権威に仕える教会(結論)

信者たちの決意が込められたこの力強い祈りに対して、神は、即座に応答されます。

31節、「祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした。」

これは、イエスが昇天した後、五旬祭の日に弟子たちが集まっていた部屋に聖霊が降ったペンテコステの出来事を彷彿させるような場面ですが、神は、信者たちがたとえ迫害のおそれがあったとしても、イエス・キリストを救い主メシアと信ずる信仰に立って、御言葉を語り、救いの業を為していこうとする信者たちの決意を聞き留め、そのしるしを示されたのです。

それはまた、祈りによって堅く結ばれた信者たちの集まりに聖霊を授け、キリストの身体なる教会として立てられる契約のしるしとも見ることが出来るでしょう。

教会は、このような初代の信者たちの力強い祈りと、それに応えて神が授けられた聖霊の働きによって、生み出され、その宣教の使命を果たすため、世界各地へと広められていったのです。

最初期の信者たちが示したように、その後も、世の権力者たちの圧力に屈することなく、御言葉を正しく宣べ伝えるために殉教も辞さない強い信仰を守った先達たちがおりました。

そうした先達たちの信仰によって、今日の教会があると言えます。

しかし、一方では、人間的な弱さ故に、教会が、時には打算に走り、世の権力者と妥協してしまったということも忘れてはならない歴史的事実です。

私たちは、確かに弱い存在ではありますが、心を一つにして神に祈り、イエス・キリストの名によって示される本物の権威に仕え、主が示された使命を果たす勇気をもとめた初代教会の人々の姿を、神の身体なる教会に連なる信仰者の原点として、私たちに与えられた神の使命を果たしてまいりたいと願います。私たちがそのように願い、熱心に祈り求める時、主なる神は、その祈りに応えて、計り知れない力を持った聖霊を私たちに豊かに注いでくださることでしょう。

日本基督教団 横須賀上町教会

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