

過去の説教
2026年1月25日
「本物の権威」
横須賀上町教会主日礼拝(降誕節第5主日) 2026.1.25 杉野信一郎
「本物の権威」
聖 書 マルコによる福音書1章21~28節
中心聖句 マルコ1:22 人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。
讃美歌 こ6、19、408
1 カファルナウムの会堂にて(導入)
皆様、おはようございます。先週は、主イエスが四人の漁師を弟子として召し出した場面を学びました。今日示された箇所は、それに続く出来事です。主イエスは、四人の弟子を召し出した後、ガリラヤ湖畔を西に向かってカファルナウムという町に辿り着き、そこで本格的な宣教活動を始められました。
カファルナウムはガリラヤ湖北西部に位置する人口1万人ほどの比較的大きな町で、そこはローマ軍の駐屯地にもなっていましたので、今日の日本で言えば、ちょうど米軍基地のある横須賀のような町といったところであったと思います。そこには愛弟子のペトロやアンデレの家もあって、その家がガリラヤにおける主イエスの伝道の拠点となりました。しかし、主イエスはその家に人々を集めて伝道したわけではなく、安息日の日に会堂に行って話をされたのです。「シナゴーグ」と呼ばれるこの会堂はユダヤ人たちの集会所で、ユダヤ人たちは、安息日には最寄りの会堂に集まって聖書、とりわけ律法の書を読み、律法学者たちからそれについての教えを聞きました。後にエルサレムの神殿が破壊されてからは、このシナゴーグで安息日ごとに行われる集会がユダヤ人たちにとって唯一の礼拝の場となりました。そこで律法の話 をするのは、いつも決まった人というわけではなく、各会堂の会堂司が毎週違う長老や律法学者などを招いて説教をしてもらっていたのです。主イエスもそうした説教者の一人として、会堂司の招きによって、その日、会堂の講壇に立つこととなりました。主イエスは、その後、主イエスのもとに集まって来る群衆を相手に色々なところで説教をされるようになっていきますが、その中でも主イエスは会堂を重要な説教の場として用いられました。それは、主イエスの語る言葉が神の言葉であり、礼拝で語られるべき言葉であるということを表しています。
2 権威ある者として(展開1)
さて、マルコは他の福音書記者と比べて主イエスのなさったことを極めて簡潔に記していて、ここでも、その日、主イエスが会堂に入って教え始められると、人々がその教えに非常に驚いたと記していますが、その教えの内容については、一切触れておりません。その代わり、マルコは、人々が驚いたのは、主イエスが律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからだと伝えているのです。私たちは、このことをどのように受け止めたらよいのでしょうか。その日、主イエスが会堂で教えた内容自体は、特段、書き留めて伝えるほどの内容ではなかった、ということではないはずです。いくら話し方が権威ある者のようであったとしても、内容が伴わなければ聞いている人々が驚くはずがないからです。ある説教者は、その内容を詮索して、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と教えられたのだと言っています。主イエスが他の律法学者のように、律法の教えの解釈を語ったのではないことは確かだとしても、主イエスが実際何を語ったかについてマルコはここで敢えて語っていないのです。それは、教えの内容は勿論重要だが、それ以上に主イエスが権威ある者としてお教えになったことが重要なのだ、読者はそのことに注目してほしいと考え方からだと思うのです。
では、権威ある者として教えたということはどういうことなのでしょう。もし、このマルコの報告を律法学者が読んだとしたら、律法学者は大いに憤慨したことでしょう。彼らほど権威を気にしている人はいないからです。彼らは、律法の解釈や実践について、人々の前で律法の解釈を教えたりするだけでなく、律法学者同士で議論したり、その際に、自説を相手に受け入れてもらうために、「ラビ・ガマリエルはこのように解釈した」とか、「モーセはこのように語っておられた」という風に高名な先輩学者や歴史上の人物の権威を借りてきて、自説を展開していったのです。しかし、主イエスはそのようなほかの誰かの権威を借りてくるような語り方はしませんでした。何故なら、語っている主イエス御自身が他の誰よりも権威ある神の子だったからです。天地創造の際に神が「光あれ」と言ったら光が生じたように神の言葉 には力があるのですが、主イエスの言葉にも同じような力があったのです。それを聞いた人々は、主イエスが神の子であることはまだよくわかっていなかったと思いますが、それでも主イエスの語る言葉に何とも言えないオーラを感じたから驚いたのでしょう。ただ、単に言葉に何とも言えないオーラがあったというだけなら、もしかしたらそれはカリスマ性を持った偽メシアであるかもしれません。しかし、この後すぐ、主イエスが偽メシアではなく、本物の神の子に違いないと思わせる事件が起こったのです。23節です。
3 汚れた霊と「黙れ」と叱るイエス(展開2)
「そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
何と、主イエスの説教を聞いていた聴衆の一人が狂ったように叫び始めたのです。それまで他の会衆と同じように会堂の席に静かに座って話を聞いていた人が、突然、訳の分からないことを大声で叫び始めたのです。周囲の人たちは、皆、この人は悪霊に取りつかれているに違いないと思って、ぞっとしたことでしょう。当時の社会では、精神疾患はもとより、様々な病気の原因は悪霊の仕業だと考えられていて、悪魔払いなども盛んに行われていました。現代の私たちはそれを何と非科学的なことか、病気の原因はウイルスであって悪霊ではないと考えます。しかし、現代においても、例えば、コンピュータに不具合を生じさせる様々なマルウェアという悪意のあるプログラムのことを病原体に擬えてコンピュータウイルスと呼ぶように、当時の社会では、人間に様々な悪い現象をもたらす得体のしれない悪の諸力のことを擬人化して悪霊と呼んでいるのだと理解すればよいのです。しかし、この男に取りついていた悪霊が発した言葉は、とても変わっていました。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」何とこの悪霊は、主イエスが何者であるかを見破っていました。しかも、通常、人間が恐れをなす悪霊が、ここでは逆に、悪霊の方が主イエスに恐れをなしているのです。主イエスが自分たち悪霊を滅ぼす神の力を持っていることが見えていて、恐怖のあまり大暴れして叫び出したのです。主イエスはこの悪霊に「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになりました。すると、悪霊は今まで取りついていた男から大声を上げて逃げ出して行ったのです。それを見た人々は皆、改めて驚いて、「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聞く。」と論じ合ったことが記されています。はじめ主イエスの教えを聞いた時には、人々は、その言葉に権威者のようなオーラを感じていたけれども、それが本物の権威者のものかどうかはまだわからなかったかもしれません。しかし、それに続く汚れた霊に対する主イエスの言葉を聞いて、これは悪霊をも従わせる本物の権威者なのではないかと思うようになっていったのではないかと思います。因みに「お叱りになる」と訳されているギリシア語のエピティマオーという言葉ですが、この言葉は「力ある言葉によって打ち勝つ」という意味があり、また、「戒める」とも訳され、主イエスは、この日の出来事の後にも、繰り返し悪霊を叱り、またガリラヤ湖に弟子たちと舟で漕ぎだして嵐に遭遇した際には、風を叱り、湖に「黙れ、静まれ」と言われています。主イエスは、その後、御自分だけでなく、十二弟子にも悪霊を追い出す権威を与えます。主イエスのガリラヤ地方での宣教は、この日、汚れた霊が「我々を滅ぼしに来たのか」と言ったように、悪霊との戦いを伴って展開されていくのです。
4 悪霊の跋扈する世界(展開3)
こうして見ると、ガリラヤは悪霊に憑かれている人たちであふれかえっているかのような印象を受けます。では、どうしてガリラヤにはそんなにたくさんの悪霊が跋扈していたのでしょうか。一つの大きな要因としては、ローマ軍の存在があるのではないかと思います。当時、ガリラヤ地方には、カファルナウムをはじめ至るところにローマ軍の駐屯地があって、ガリラヤの人々はローマ兵から様々な悪影響を受けて苦しんでいました。現代の日本で言えば、数多くの米軍基地を抱える沖縄の状況を考えて頂いたらよいかと思います。例えば、沖縄では、時折、米兵による日本人の少女に対する暴行事件が起きたり、米軍機が市街地に墜落する事故が起こったりしていますが、日米安保条約によって日本の司法権や警察権が及ばないために、再発防止を願いつつも、そうした事件が繰り返し起こっています。沖縄の人たちは、出来れば米軍に出て行ってほしいと思っても、中々そうはいかない状況に置かれています。当時のガリラヤの人々はそれよりもずっと厳しい立場に置かれていました。ガリラヤではローマ兵が事件を起こしても文句を言うことも出来ず、ただ泣き寝入りするしかありませんでしたし、ちょっとでも反抗すれば酷い暴力を振るわれたので、ガリラヤの人々の心は、ローマから日常的に課される重税や暴力に対する怒りをため込んで深く傷ついていました。マルコによる福音書には、レギオンという悪霊に取りつかれて自分で自分を傷付けている憐れな男が登場しますが、そのレギオンとは、ローマ軍団を意味しています。つまりガリラヤに溢れていた悪霊に取りつかれた人々は、ローマという悪霊に取りつかれた人々の姿と二重写しになっていたと考えられるのです。そんな状況の中で、ガリラヤでは、ローマに対する武力抵抗を試みる熱心党と呼ばれる人々の活動が活発化していましたが、そうした武力抵抗はローマの圧倒的な武力によって徹底的に鎮圧されました。さらにそれから40年後には、抑圧されたユダヤの人々の怒りが爆発してローマとの戦争に突入しましたが、その結果は惨憺たるものでした。エルサレムは神殿もろとも完全に破壊され、ユダヤ人は国土を完全に失うことになるのです。
5 権威ある新しい教え(結論)
主イエスは、そのような武力闘争とは一線を画し、自らの力を振るって問題を解決するのではなく、本当の権威者である主なる神にすべてを委ね、主に立ち帰る道を示されました。そして、抑圧によって傷ついた者の心を癒し、彼らが新しい人生を歩みだすことが出来るように回復してくださる神の姿を示されました。そのことを示されたのが、主イエスが教えと共に行った悪魔払いの業です。汚れた霊に取りつかれた人を癒した主イエスの御業を目の当たりにして、人々は主イエスが語った教えが「権威ある新しい教えだ」と理解することが出来ました。
私たちの現代社会においては、悪魔払いによって人々が癒されるということはないかもしれませんが、それでも、この社会に巣くう様々な悪の力によって傷付き、押しつぶされている人がたくさんいます。抱え込んだ怒りをどうしようもなくなって無差別殺人や暴力行為に走る人たちが増えています。日本を取り巻く国際情勢に目を向ければ、力によって物事を解決しようという風潮が日毎に高まって、日本も国を守るためには武力を強化しなければならないのではないかという空気に包まれつつあります。
しかし、そのような世のだからこそ、自分たちの力に頼るのではなく、本当の権威あるお方を信頼し、そのお方にすべてを委ねることが大切さなのではないでしょうか。
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