

過去の説教
2026年1月18日
「人を呼び出す神の言葉」
横須賀上町教会主日礼拝(降誕節第4主日) 2026.1.18 杉野信一郎
「人を呼び出す神の言葉」
聖 書 使徒言行録9章1~20節、マルコによる福音書1章14~20節
中心聖句 マルコ1:17 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。
讃美歌 こ33、516、Ⅱ140
1 イエスの洗礼
先週、私たちはマルコによる福音書の主イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けた場面を週の御言葉として頂きました。その後、主イエスは神の霊によって荒れ野に送り出され、そこで40日間とどまって悪魔による試練を受けられたことが続く箇所に記されています。主イエスは、この準備期間を経て、今日の箇所からいよいよ公の生涯を歩み始められます。14節の初めに「ヨハネが捕らえられた後」と書かれていますが、これは、主イエスが公生涯を歩み始められたのが、たまたまヨハネが捕らえられた時期と重なったということではなく、「主の道を整え、その道をまっすぐにせよ。」と荒れ野で呼ぶ者の声であった先駆者ヨハネが舞台から退き、代わって主イエスが表舞台に躍り出たということです。洗礼者ヨハネは最後の預言者とも呼ばれますが、旧約聖書の時代から続いてきた預言者の時代が終わって、救い主メシアの時代が来たということでもあります。主イエスは、ヨハネが捕らえられたことを知って故郷ガリラヤに向かい、そこで神の福音を公に宣べ伝える宣教の御業を開始されました。その第一声が「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という言葉です。「時が満ち」とは、神様が定めた時が到来したということです。古典ギリシア語では、「時」を表す言葉は、「クロノス」と「カイロス」の2つがありますが、ここでは「カイロス」といいう言葉が使われています。「クロノス」が一定して流れていく「時」を表すのに対し、「カイロス」は、ある出来事が起きる前と後では質的に大きく異なるような転換点を示す「時」を表しています。主イエスは、そのような時代の転機がやって来たと言っているのです。旧約聖書の預言者たちが到来を預言した救い主メシアが、今まさに来たのだと宣言して、自らの宣教の御業を始められたのです。その最初の御業が、今日、お読み頂いた四人の漁師を弟子にするというお話なのです。
2 ガリラヤ湖のほとり
さて、この小さな物語の舞台となったガリラヤとは、どのような地域であったのでしょうか。今日の礼拝では取り上げませんでしたが、私の大好きな讃美歌の一つに讃美歌21の57番「ガリラヤの風かおる丘で」という讃美歌があります。この讃美歌は、日本における最初の讃美歌集が1874年に発行されてから100年を記念して、1976年に発行された「ともに歌おう 新しいさんびか50曲」の5番として初めて世に広められた讃美歌です。その1節で「♪ガリラヤの風かおる丘で~」と歌われておりますように、イスラエルの北部にあるガリラヤは、南部のエルサレム周辺の地域とは違って、気候は穏やかで、緑あふれ、ぶどうやオリーブ、小麦などの農産物の実りも豊かな地域です。また、ガリラヤ湖では、魚などの棲息しない死海とは違って、漁業も盛んに行われていました。しかし、ガリラヤは、農漁業や交易などの経済活動が盛んな豊かな地域であった反面、貧富の差も大きかったと考えられています。また、周辺にはデカポリスと呼ばれるギリシアの植民都市も多数立地していて、異邦人も大勢住んでいたようです。それで、「あなたもガリラヤ出身なのか。よく調べてみなさい。ガリラヤからは預言者の出ないことが分かる。」とヨハネによる 福音書が伝えているように、ガリラヤは、エルサレムから遠く離れた辺境の、貧しく、また、異邦人と生活を共にする汚れた地域として、エルサレムのユダヤ人たちから見下されていました。
しかし、福音書の記者マルコは、このガリラヤでなされた主イエスの宣教の御業、救いの御業そのものが、十字架の死と復活とともにイエス・キリストの福音をなすものであり、ガリラヤこそが、神の子イエス・キリストの福音の始まりを告げる大事な地であることを示しているのです。
3 二組の漁師の兄弟
そのガリラヤの風かおる丘から見下ろしたガリラヤ湖の湖畔では、今日も、漁師たちが漁を営んでおりました。ある者は、夜、湖の沖合まで舟を出し、仲間たちと明け方まで漁をしておりました。また、ある者は、湖畔近くの浅瀬で、腰まで水に浸かりながら、投網漁をしていました。こうした光景は、何世代にもわたって変わらず続いてきた日常の光景で、これからも何ら変わることなく続いて行くかのように見えました。
その中に、二組の漁師の兄弟がおりました。いや、実際は、湖畔のあちらこちらに他の漁師たちがいたのかもしれません。しかし、福音書の記者マルコは、この二組の漁師の兄弟だけを注視します。一組目は、シモンとシモンの兄弟アンデレ。彼らは、湖畔近くで投網を打つ漁師でした。ギリシア人風の名前ですが、おそらくは生粋のユダヤ人でしょう。ヨハネによる福音書によれば、アンデレは洗礼者ヨハネの弟子の一人で、ヨハネの言葉を聞いてイエスに従ったとされていますが、マルコはそのことは記しておりません。もしかしたら、アンデレはヨハネから聞いていたイエスの話をシモンに話していたかもしれませんが、マルコは、敢えてそのことには触れず、主イエスとはこの日が全く初めての出会いであったという印象を私たち読者に与えています。また、ルカが語るシモンとアンデレの召命物語では、彼らは舟をもっていたかのように描かれていますが、この点についてもマルコは黙しています。聖書の読者、聞き手に示されているのは、シモンとアンデレは、投網をする漁師であったということだけです。漁師というのは、生臭い生き物を扱う上に、重労働なので、漁師は被差別階級であったとみる人もおりますが、一方で、必ずしもそうではなく、地域社会に地歩を持つ社会的一員として認められている漁師たちもいたと考える人もいて、実際のところは、はっきりと断言はできません。しかし、もう一組の漁師の兄弟、ゼベダイの子のヤコブとヨハネに関しては、彼らの父ゼベダイは舟を持ち、雇い人を何人も雇用しているのですから、少なくとも彼らに関しては、比較的経済力のある網本の漁師で、地域の中では一目置かれるような存在であったと考えられます。私は、12弟子のうちの4人、しかも最初に召した4人の弟子を、主イエスは、何故、漁師から選ばれたのだろうかと疑問に感じておりました。最初は、貧しい人や虐げられている人を救うために、同じく貧しい境遇にある者を弟子に選ぼうと考えて、漁師を弟子にしたのかなと思ったのですが、ヤコブとヨハネの兄弟の境遇を考えると、その推理は正しくないようです。では、何故、漁師を弟子にしたのか。まさか、「人間をとる漁師にしよう」という駄洒落を言いたかったからなんていうことではないでしょう。この問題は、一旦、保留にしておいて、次に、イエスの招きの方に目を転じてまいりましょう。
4 イエスの招き
マルコが伝える四人の漁師を弟子にする物語におけるイエスの招きには、世間の常識から見ると極めて奇妙な、いくつかの際立った特徴があります。
まず、第一に、普通、人間の師弟関係では、この人に習いたいという志を持った「弟子」の側が、「師匠」を選ぶものです。しかし、ここでは逆に「師匠」にあたるイエスが「弟子」を選ぶのです。例えば、使徒パウロは若い時にユダヤ教の高名なラビ・ガマリエルに師事したと伝えられていますが、その場合も、ラビ・ガマリエルが優秀な若者サウロを見出して「君、私の弟子にならんかね」と誘ったわけでは当然なくて、最高の先生について律法を究めたいと考えた青年サウロがガマリエルの門を叩いたのです。しかし、イエスと四人の漁師の場合、師弟関係を結ぶ際の主導権は、完全に「師匠」である主イエスの側にあります。「師匠」と「弟子」のこのような関係は、旧約聖書における「神の選び」の思想に由来するもので、「召命」という言葉はここから出てきました。
イエス様の招きの第二の特徴ですが、それは、招いた相手が漁師だったというところ に現れています。ただ、漁師という職業に特別な意味がある、ということではありません。むしろ、招こうとする者の知識だとか、技術、経験、或いは優れた人格、人望、そういった一切の個人が持っている属性と招きは関係がないということです。これは、人間社会の中で、何かのプロジェクトを遂行しようとしてスタッフを集めようとする際には、徹底的に吟味する事柄です。もし、私がその立場であったとしたら、おそらく私は、シモンやアンデレではなく、パウロのような人物を選んだことでしょう。何故なら彼は敵対者ではありましたが、リーダーの片腕として計算の立つ人材だからです。シモンやアンデレは未知数ばかりで、むしろ不安材料の方が大きいからです。しかし、イエス様は全く逆の人選をします。しかも、それが無謀な選択ではなく、正しい選択であったことは結果を見れば明らかです。まさに目利きの業としか言いようがありません。漁師であれば広い湖のどこに魚が潜んでいるか、どこに網を打てば獲れるかを見分ける眼を持っておりますが、イエス様には、いつ、どこで、誰に声を掛けたらよいのかが、よくわかっていました。その人が何を考え、何を持ち、何をなし得るのか、そのすべてを見通す眼、「人間をとる漁師」としての眼力を、イエス様ご自身が持っておられたのです。
そして、イエス様の招きの三つ目の特徴ですが、それは、何の前触れもなく、ある日、突然、訪れるということです。シモンとアンデレは、漁の真っ最中でありましたし、ヤコブとヨハネの場合は、漁を終えて、大事な商売道具である網を、明日の漁に備えて繕っているところでした。彼らにとって、漁師という仕事は、代々継いできた家業であり、生活の糧となる生業であったでしょうから、漁師を辞めるなどということは考えたこともなかったのではないでしょうか。その漁の仕事に勤しんでいる最中に、突然、何の予告もなく一人の男がやってきて、たった二言の言葉を掛けられただけで、自分の仕事を放り出して、その男について行ってしまうなどと言うことは、普通であれば、あり得ないことですし、あってはならないことです。家族にしてみれば、大事な跡取り息子であり、家計を支える大黒柱が、突然、新興宗教の教祖に拉致されたようなもので、とんでもないことです。彼らの側には、イエスという男に召される必然性はどこにもありません。そこにあったのは、「神の側の必然性」のみであります。しかし、召される側の人間には、「神の側の必然性」は示されません。少なくとも彼らの場合にはそうでした。けれども、彼らは、彼らの仕事、彼らの生活の一切を中断して、主イエスに従いました。何故、自分が召されたのか。人間をとる漁師にしよう」というが、自分は何をすればよいのか。わたしについて来なさいと言うが、この男は、自分をどこに連れて行こうというのか。ついて行ったら、その先にどんな運命が待っているのか。置いて行った家族は大丈夫なのか。疑問は次々と湧いてきたかもしれません。でも、彼らは、何も尋ねず、ただ、黙ってイエスに従っていきました。すべてのものを、その場に、そのまま置いて。
彼らは、どうして黙って主イエスに従って行くことができたのでしょうか? マルコの記述から感じ取れることは、彼らがあれこれ思案して、判断して従ったのではないということです。自分でもどうして従おうと即決したのかわからないという感じではないでしょうか。ただ一つ言えることは、呼びかける主イエスの言葉に力があったということです。天地創造の際の「光あれ」という言葉のように、神の言葉はただの伝達手段ではなく、物事を変える力を伴っています。主イエスの言葉は、まさにそのような力ある神の言葉であったから四人の漁師たちはその言葉に召し出されたのではないでしょうか。
5 ただ従う
こうして見ると、主イエスの招きに対する四人の漁師たちの応答は、信仰の父と呼ばれるアブラハムの神の言葉に対する応答にとても似ているように思うのです。アブラハムはメソポタミア北部のハランの地で「あなたは生まれ故郷/父の家を離れて/わたしが示す地に行きなさい。」という神の言葉を聞いて、行き先も知らされないまま、旅立ったのです。神の言葉に、ただ、黙って従ったのです。私が思いますに、アブラハムが信仰の父と呼ばれますのは、彼が生涯、神の言葉に忠実に生きたか らではありません。彼は、旅を続ける中で、神の言葉を疑って、心の中で笑ったり、うそをついたり、といったことを何度も繰り返しています。そういう場面を見ると、これでも信仰の父と言えるのか、と思わせられてしまいます。しかし、アブラハムは、その都度、旅立ちの時の姿勢に立ち帰って、旅を続けました。神から、最初に「わたしの示す地に行きなさい。」と言われた時、その神の言葉に、ただ、黙って従ったことこそ、信仰の原点であり、常にそこに立ち帰る人生を送ったからこそ、アブラハムは「信仰の父」と呼ばれてきたのだと思うのです。
四人の漁師の場合も、事情は変わりません。イエスの「わたしについて来なさい。」という言葉を聞いて、ただ、黙って従ったのは、全くもって見事な信仰だと思いますが、しかし、その後の弟子たちはと言えば、主イエスを疑ったり、誤解したり、知らないと言ったり、裏切ったりと、どうしようもない姿を晒す弟子たちでありましたが、それでも、主イエスが十字架の死を遂げられた後に、教会の基をつくるような働きをなすことが出来たのも、初めて主イエスに招かれた時、すべてを投げ打って、一切のしがらみをかなぐり捨てて、ただ、黙って主に従った、その経験があったからこそだと思うのです。
翻って、私たちの場合はどうでしょうか。今、私たちは、礼拝の民となって、主の御前に立つものとされています。これまでの信仰生活を振り返れば、アブラハムや弟子たちと比較にならないくらい失敗ばかりの歩みであったかもしれません。でも、今、確かに、私たちは、信仰者の群れの一人として、ここに立っています。それは、私たちにも、四人の漁師たちと同じように、主の招きがあったからなのです。そして、その時、四人の漁師たちほど鮮やかではないにせよ、ただ主に従う決断に導かれたのです。そのことを覚えつつ、ただ、黙って、主の召しに従って歩んでまいりたいと思います。
最後に余談ですが、「カイロス」というのはギリシア神話の時の神の名前でもあります。カイロスは出会った人が捕まえやすいように前髪が長く垂れていますが、後頭部には髪がないため、追いかけて行っても捕まえることができない。そこから、チャンスは訪れたその時を逃しては掴むことが出来ないという意味の諺が生まれ、それが古代ローマをはじめとしてヨーロッパ各地に伝わって「幸運の女神には前髪しかない」という諺が生まれました。聖書には、ルカ福音書に「大宴会の喩え」というお話があります。主人が大宴会を催して人々を招待したのですが、多くの人々は色々な理由を述べてその招待を断り、主人は「あの招かれた人たちの中で、わたしの食事を味わう者は一人もいない」と言ったというお話です。このように、神の招きの言葉は恵みでありますが、その招きには「また後で、よく考えてから」と言わず、すべてを神に委ねる気持ちでその言葉に迷わず従うことがよろしいようです。
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