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過去の説教

2026年1月4日

「神の家」

横須賀上町教会主日礼拝(降誕節第2主日) 2026.1.4 杉野信一郎

「神の家族」

  • 聖 書 ルカによる福音書2章41~52節

  • 中心聖句 ルカ2:49 すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」

  • 讃美歌 こ99、367、368


1 イエスの家族(導入)

今日示された箇所は、主イエスの少年時代の記事です。主イエスの活動や言葉を伝える4つの福音書のうち、マルコとヨハネは、主イエスがバプテスマのヨハネから洗礼を受けたところから物語を始め、十字架の死と復活に至るいわゆる主イエスの公生涯について記しているのに対し、マタイとルカは主イエスの降誕物語から書き始めています。しかし、マタイの場合は、降誕後、エジプトへの逃亡の記事を記した後は、いきなり30年後の洗礼者ヨハネとの出会いの話に飛んでいます。そうした中で、今日読みましたルカによる福音書だけが主イエスの青年時代を記しており、主イエスが公的生涯を始められる前、どのような生き方をされていたかを知る貴重な記事となっています。

この箇所は、日本基督教団の聖書日課では4年に1回、降誕節第2主日に読まれる箇所としていますが、カトリック教会ではクリスマスの翌週の「聖家族の祝日」に読まれることが多いようです。「聖家族」とは、主イエスを中心としたマリア、ヨセフの一家のことです。そのほか、主イエスにはヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンという4人の弟と、少なくとも二人の妹がいたことがマルコによる福音書6章3節の記述からわかっています。おそらくヨセフとマリアは、イエス以下6人かそれ以上の子どもたちを引き連れて、毎年、過越祭に参加するため、ナザレからエルサレムまで巡礼の旅をしていたというのです。ユダヤの成人男子は、ユダヤ教の三大祭り、初春の過越祭、初夏の五旬祭、秋の仮庵祭の時にはエルサレム神殿に参拝することが律法で義務付けられていましたが、エルサレムから遠く離れた地に住む者たちは、年に一度の巡礼でよいとされていたようで、ヨセフもその慣習に忠実に従って、毎年、過越祭の時にエルサレムを訪れていたようです。


2 巡礼の旅での出来事(展開1)

さて、主イエスが12歳になったこの年も、例年と同じように都に上ってきたのでした。祭りが終わって、ナザレへの帰り道に着いたその時、事件は起きました。少年イエスは、家族からはぐれて一人エルサレム神殿の境内でユダヤ教の学者たちと夢中で話し込んでいたのです。当時の巡礼は、同じ村の親戚や隣人たちが地域ぐるみ一団となって旅しており、家族の誰かが親戚や知人と一緒になって歩くこともごく普通にあったので、小さな弟や妹ならいざ知らず、もうすぐ大人の仲間入れをする12歳の息子の姿が一時的に見えなくてもさほど気になることではなかったのでしょう。しかし、エルサレムを出て一日歩き、夕方になって、家族ごとに集まる段になってはじめて、両親は、息子イエスがいないことに気付き、慌てて親類や知人の間を一晩中捜し回りましたが見つかりません。それで仕方なく、翌朝、他の子どもたちを親類に預けて、また丸一日かけてエルサレムまで戻ります。夕刻、エルサレムに着いても息子は見つかりません。翌朝になって神殿の境内に行ってみると、そこで何事もなかったかのような顔で、平然と学者たちと話をしている我が子を発見します。その時の両親はどんな気持ちであったでしょうか。最悪の事態も覚悟していた両親は、まずは息子の無事な姿を見て安堵し、喜びが込み上げてきたに違いありません。しかし、次の瞬間、両親の姿を見ても悪びれもせず、学者たちと議論を続けている息子の姿を見て、両親は驚きました。「驚いて」といっても、学者たちと少年イエスの議論を聞いていた人たちがイエスの賢さに驚いたのとは違います。3日間も親からはぐれても平然としている息子の態度に驚いたのです。母親のマリアは、躾の一環として叱ります。こういう場合、真っ先に叱るのは大概お母さんです。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」自分よりもまずお父さんを前面に出して、こんなにお父さんを心配させて、まずは一言誤りなさいということでしょう。マリアの言うことはもっともです。

ところが、これに対する息子イエスの返答は、両親にとってはさっぱり意味の分からない言葉でした。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」ヘブライ語で神殿のことを「主の家」と言いますので、この言葉は、神殿は自分の父の家だ、つまり自分の本当の父親はヨセフ- 3 -

ではなく神だということを意味します。マリアもヨセフもイエスが神の子だということは天使のお告げを聞いて承知はしていましたが、こんなに必死になって捜した両親、特にヨセフの神経を逆なでするような無神経な言葉に聞こえたことでしょう。

しかし、ここでより重要なことは、この言葉は「自分の父は神」、つまり「自分は神の子」ということを意味しているということです。主イエスが死刑判決を受けた裁判の際、判事役の祭司長や律法学者たちの「では、お前は神の子なのか」との訊問に対して、主イエスが否定しなかったことで死刑が確定しました。「私は神の子」と言うことは神への冒涜と考えられたからです。ルカは何故、他の福音書記者が記していないこの記事を敢えて記したのか。それは、主イエスがすでにこの時点で、自分が神の子だということを自覚し、やがて死刑に処せられることを覚悟しておられたということを伝えようとしているのだと思うのです。


3 イエスの知恵(展開2)

ここで、もう一つの驚きの方にも注目してみたいと思います。イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを聞いていた人々が皆、イエスの賢い受け答えに驚いていたとあります。後に主イエスは、神殿で人々に教えを語りますが、ここではそういう姿ではなく、また逆に、12歳の少年が学者たちに教えを乞う学習者としても描かれてはいません。学者たちと少年イエスが対等に議論している姿が描かれているのです。そして、周りの大人たちは、少年イエスが律法に詳しいのに驚いたということではありません。ユダヤ社会では男子が13歳になると宗教的な意味での成人と見做され、律法の子(バル・ミツバ)と呼ばれ、公の席での律法朗読奉仕者に組み入れられるので、それまでに律法の教えを暗唱出来るよう訓練されます。ですから、人々が驚いたのは、単に律法をよく知っているということではなく、その意味や内容を問う質問や意見の鋭さにあったのではないかと考えられます。具体的にはどういうことでしょうか。

少年イエスは、毎年、両親に連れられてエルサレムの神殿に参拝していたとルカは伝えています。そこは、主の家、自分の父である神の家であり、祈りの場だと認識していました。ところが、毎年の巡礼の際、そこで見た物は、父ヨセフのような敬虔な気持ちで献げ物をする民衆から搾取して利権を貪る祭司長たちや、それを法解釈的に支える律法学者た- 4 -

ち、その下で神殿で商売をする両替商たちの姿でした。また、ガリラヤからエルサレムに至る巡礼の途上でも、少年イエスは様々な律法上の矛盾を感ずる出来事に遭遇したに違いありません。ガリラヤとエルサレムの間には、ユダヤ人が宗教的に劣っていると見做して軽蔑するサマリア人の居住地があり、エルサレムには、そこを大きく迂回して行きます。途中には数多くの関所があり、そこを通るには取税人にローマの貨幣で通行税を払わなければなりません。しかし、ローマの貨幣は汚れているので神殿ではそれをユダヤの貨幣に両替しなくてはなりません。少年イエスが毎年の巡礼を通して見る社会の中には、様々な搾取や不正や差別があり、そうした社会の歪みを正当化する律法の解釈に対する疑問も膨らんでいったことでしょう。少年イエスが神殿の境内で学者たちにぶつけていた質問や意見は、そうした体験に基づく鋭い問題意識に根ざしたものであったに違いありません。そこで学者たちに投げかけられた質問や意見は、やがて十字架の死の前の受難の1週間になされた祭司長や律法学者たちとの論争や宮清めの出来事へと繋がっていくのです。

さて、この出来事の後、少年イエスは両親と「一緒に下っていき、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮しになった」とルカは記しています。12歳になるまで、マリアとヨセフは親として自分たちの子どもであるイエスの成長を支え、育ててきました。けれども、このエルサレム詣での出来事の後は、それまでと同じように両親と一緒に生活はしていても、イエスの方が両親に仕えてお暮しになった。つまり、親子の間の支える者と支えられる者の関係がこの事件を境に逆転していくのです。そして、母親であるマリアは、これらのことをすべて心に納めていたと記されています。これは、イエスが生まれて羊飼いが訪ねてきた時にも書かれていたことです。マリアは、その時点ではそれがどのようなことを意味しているのか理解できなかったのですが、それでも聞いたこと、目にしたことを忘れないで、心の中に温めて置いたということです。実はこれこそが信仰の神髄を現す言葉なのです。私たちが信仰を初めて告白した時も、すべてを理解したから告白したのではありませんでした。わからないながらもこれ以外に道はないと信じて、信仰の道を歩み出したのです。信仰の道に入ってからも様々な困難に遭遇し、神様はどうして私をこんな目に遭わせるのだろうと疑問に思うことがあります。その時点では、私たちには理解しきれない神の計画というものがあります。そんな時こそ、マリアのようにすべてを心に納める生き方を思い出したいと思います。


4 神の家族(結論)

最後にルカは、52節で「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された」という言葉でこの報告を締めくくっています。何となくホッとさせられる温かみにあふれた言葉です。聖家族という温かな家庭の中で少年イエスは、神と全ての人から愛され、逞しく成長していくことが出来たとルカは言うのです。これこそが家族本来の機能であると言えるでしょう。しかし、ルカがここで言っている「知恵が増し」という言葉は、単に知識が増えたとか、賢くなったということではありません。ここで語られている知恵とは、主イエスが社会の中で見聞きした様々な課題や問題に対する洞察力です。それによって主イエスは両親の理解を遥かに超えて成長し、やがてご自分の道を歩み出して行かれるのです。その時、家族はもはやイエスの行動を理解出来ず、主イエスは家族の無理解の中で宣教活動を続けられました。ルカは、家族の至らない点を報告していませんが、マルコはそのことを報告し、「神の御心を行う人こそ、私の家族なのだ」という主イエスの言葉を伝えています。この主イエスの言葉は、十字架と復活を経て現実のものとなっていきます。主イエスの十字架と復活を通して、イエスこそ神の子と信じる群が起こされ、教会となりました。教会に連なった人々は家族として一緒に暮らしました。そこは、悪がなお力を振るうこの世の中にあって、悪に従うことを拒否して生きようとする者の群です。私たちの教会もその枝の一つです。ここに集う私たちこそ神の家族であり、主イエスが戦われた戦いを継承していく群なのです。もちろん地上の教会は不完全な群であり、教会の中に集う私たちも自分の思いに囚われ、他者のことを考えることをおろそかにしがちです。けれども、教会は、そのような罪深い者も招かれ、その罪を打ち砕かれて聖なる者とされる場であり、まさに神の国を先取りしている希望の共同体なのです。

新しい年の初めのこの時、そのことを心に留めて、神の国の完成の時を願いつつ、希望をもって歩み出していきたいと思います。

日本基督教団 横須賀上町教会

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